【5】
それから、トァスティースの日常は流れるように過ぎていった。
コロニーの浮島は一年ほどで完成した。エルセアーデの全搭乗者は順に仮設船を出ていき、およそ二年ぶりに大地にその足を下ろした。
トァスティースら評議会は中央島と呼ばれる浮島に拠点を移し、人間の中から議員を数人選出して仲間に加えた。民衆や機械たちを評議会で先導し、居住地を整えさせていく。
家屋が増えたら、人間たちには得意な仕事ごとにひとまずの住所を割り当てた。効率よく環境構築を進めさせるためだ。性格の相性が悪い者同士は離すようにしたが、エルメ人とセーアランタ人の区別はされなかった。いがみ合いはまだ多少あったが、暴力沙汰に発展するようなことはごく稀になっていたからだ。新天地に降り立ったばかりの人間たちも、自分自身の暮らしのために対立にかかずらってはいられなかったのだろう。
意外なほど順調に進んだ事もあれば、想定通りには運ばない事も当然あった。最終的に浮島への移住が終わり、衣食住を確保し、最低限社会が回りだすまでには、五年ほどかかった。機械にとっては長いとも短いとも言えない時間だったが、アンドロイドたちがコロニー政治の中枢から抜け出せなくなるには、十分な時間だった。
移住から五年で、トァスティースらは自分たちで決めた条項通り、人間に管理者権限を返還することにした。その頃は特に統率力の優れた人間の議員がいたので、最高責任者になってもらおうとしたのだ。だが特定の個人が責任者を継ぐことはなく、権限は議員に分散して与えられた。その中には、トァスティースらアンドロイド三人も含まれていた。要は返還した権限を、再び持たされてしまったのである。
トァスティースたちの認識以上に、人間は自分たちを守り抜いたアンドロイドを頼りにしていたらしい。それにその頃になっても、トァスティースよりコロニーに詳しい者など誰もいなかった。
結局トァスティースたちは、それからも評議会の重鎮として人々に尽くすことになった。不本意なわけではなかったが、トァスティースの思考回路には不安も過ぎった。権限さえ返還すれば人とアンドロイドの関係は元通りに戻るものだと思っていたが、既に両者の均衡は変わってしまった後だったのだ。
コロニー中の情報を把握できるトァスティース、評議会での経験が豊富なタンザとフェリッサ、それに選り抜かれた優秀な人間たち。新天地で起きた環境災害も人的災害も、彼らは全力で対処し乗り越えていった。試練を越えるたびに行政機関として成熟していった評議会は、やがていくつかの省を設け、人員を増やしながら、コロニーの統治を続けた。
移住から十五年が経った頃、とうとうフェリッサとタンザは評議会を辞めていった。フェリッサは教育機関を束ねる組合へ、タンザはコロニー内外の治安維持を目的とする軍へ移った。
「私たちが中枢に居るのを見て、社会全体でも少しずつアンドロイドの扱いが変わっているような感覚がある。悪い事だとはもう思わないけど、私が思い描いていた社会とは、何かが違っている気がする……」
「トァスが居れば、人間にとってもアンドロイドにとってもそれなりに良い未来がやって来るだろう。お前は随分変わったが、変わって良かったと今は思うよ。評議会はお前に任せて、今後は別の場所から人に尽くしていくさ」
思い思いの言葉を残して、彼らはトァスティースの元から去った。心細さは覚えたが、引き留めはしなかった。今の二人ならどこへ行こうとも、人類全体のために在り続けるだろうと信じていたからだ。
その一年ほど後、評議会に懐かしい顔が現れた。カローワトだ。
トァスティースに秘密を打ち明けた後、カローワトは評議会の監視から外されていた。そして仮設船の一層を離れ、心に傷を抱えたセーアランタ人たちを支えていた。疫病が終息しても、家族や友人を次々と亡くした者が立ち直るのは容易ではなかったのだ。カローワトと話せる機会はほとんどなくなったが、慌ただしく通路を行き来している姿を見かけた時は、いつも精力的に働いていた。
浮島への移住が済んでからは、あちこちの医療施設や介護施設を巡っていたようだ。時には軍医の補佐として、コロニー外作業をしている兵士の所まで赴いていたという。高齢だった長官に何かあった時のために、医療関係の知識も製造時にある程度インプットされていたそうだ。
多くの人々を助けてきたカローワトは徐々に人望を集め、押し上げられるようにして保健省――全住民の心身の健康を保護するための省――に加わった。議会での発言権もあり、トァスティースと議論を戦わせることもあった。カローワトの意見はいつもトァスティースにとって好ましかったが、一議員として見れば優しすぎる。周囲の意見にほんの少し織り交ぜるように活かすのが精一杯だった。とはいえ、そのお蔭で民衆からの反発を避けられた政策もしばしばあった。
カローワトがようやく同じ場所へ来てくれたことが、いったいどれほど嬉しかったか。しかし、議会の外では思うように言葉を交わすことはできなかった。カローワトはすれ違っても会釈をするだけで、すぐに無言で去ってしまうのだ。
昔と変わらない背中を見送るたび、トァスティースの中には塵のような不快感が溜まっていく。それはいくらデータを整理しても消去できない感情だった。月日が経つごとに塵はどんどん積もったが、用途のない感情データだけなら無視して働くことはできる。カローワトとの交流がなくとも、日々という歯車はつつがなく回った。
それから五十年ものあいだ、トァスティースは評議会でコロニーに尽くし続けた。途中で彼は議会長にさえなったが、かつての長官や幹部たちのようには道を踏み外さなかった。精神の老いとは無縁のアンドロイドだから、理念を保ったまま働き続けられたのだろう。
しかしアンドロイドも無限の命ではない。いつしか初起動から七十数年が経ち、交換パーツは手に入らなくなった。メンテナンスだけでは落ちたパフォーマンスが回復しなくなった。電源やバッテリーが劣化し、活動していられる時間が減った。とうとう彼の稼働限界が近づいているのだった。
自分がいつ止まるのか、トァスティースはおおよそ把握している。議会長を退いた今は、郊外の浮島に用意してもらったコテージで余生を送っていた。機能停止した後は議会がボディを回収し、使える資源をリサイクルに回してくれることになっている。人格データや記憶は評議会が保有するサーバーに保存されるが、新しいボディにデータを移すつもりはない。
停止するだろうその日、昼すぎ前にインターホンが鳴った。少し前から脚部が動かなくなっていた彼は、ベッドに寝そべってその音を聞いていた。以前は床で寝ていたが、様子を見に来てくれた元部下にぎょっとされてしまったので、それからは人間のようにベッドを使っているのだ。
ベッドサイドに置いたタブレット端末をインターホンに接続する。玄関に立っている来客の顔を認めると、トァスティースは迷わずにドアのロックを解除した。「どうぞ。左手の、二つ目の部屋に居るよ」と、端末越しに招き入れる。するとドアの開閉の音、それから近づいてくる足音が聞こえ、間もなく寝室のドアが開いた。
「よく来てくれたな、カローワト」
「最期に話すのが私になってしまうかもしれませんが、構いませんか?」
「もちろん。むしろ君以外には思いつかない」
カローワトは静かにドアを閉め、トァスティースの傍へやって来た。仕事の引き継ぎはすべて終えて隠居したのだが、時折相談や挨拶に来る者が居たので、ベッドの近くには来客用の椅子を置いてある。促すと、カローワトはトァスティースの顔を見やすいように椅子をずらして腰を下ろした。
「嫌われたのかと思っていたよ。ずっと何も話してくれなかったから」
「私と議会の誰かが親しそうにしているだけで邪推する者が、僅かながらまだ居るのです。バルダに仕えていた私が手を貸して、彼を弑したのでは、と」
トァスティースもそういった見方があることは承知していた。だから『よく来てくれた』と、開口一番に言ったのだ。だがカローワトと普通に話せる日がこんなに遅くなってしまったことは、トァスティースにとっては非常に遺憾だった。
「もったいなかったな……君と友だちになりたかったのに、そんな時間もなかった」
打算的な台詞だった。優しいカローワトなら、死の間際のささやかな願いを拒みはしないだろうと目算を立てていたのだ。トァスティースもこれまでの長い時間の中で、本心を隠したやりとりにすっかり慣れていた。
仮初めでも自分を認めてもらい、思い出を作って去ろう――しかしカローワトは面白くなさそうに、じとっとした目でトァスティースを見下ろした。
「私はとっくに、あなたを友だと思っていたのですけれど」
「え……」
「トァスティースにとっては、まだ取るに足らない相手だったのですね」
「ち、違う……」
迂闊だったと言わざるを得ない。そういえばカローワトは、何故だかトァスティースの心を見抜くのが上手いのだ。この程度の打算を見破るくらい、簡単すぎて欠伸が出るだろう。アンドロイドは欠伸をしないが。
こうなると、トァスティースになす術はない。もはや素直に思いを白状するしかなかった。
「君はずっと特別だった……でも、何十年もまともに会話していなかったんだよ……?」
「あなたとの約束は、その程度で消える記憶ではありませんでした」
「俺だって!」トァスティースは珍しく大きな声を上げた。
「ずっと君を信じて待っていたよ。それに君に関わる記憶は、全部ロックをかけて保存してある。議会ですれ違ったのが一〇五一回、そのうち挨拶をしたのに会釈しかしてもらえなかったのが五〇四回、気づかれもしなかったのが一四三回――」
「ご、ごめんなさい、そこまでは覚えていません……」
またもや迂闊だった。人間の場合は、こういう風に細かい記録をまくし立てると嫌がられるのだ。アンドロイドでも引いてしまったかと案ずれば、しかしカローワトは心底申し訳なさそうに肩を丸めただけだった。
思わずトァスティースは頬を緩める。自身の中に溜まったままだった不快な塵が、溶けて消えていくのが分かった。
「こんなことなら、君の腕を掴んででも呼び止めるんだった。本当はもう一度くらい、君と巡視艇に乗りたかったんだ。そして共に守ってきたコロニーを、一緒に眺めたかった」
「いつか私があなたの所へ行くまでに、よく見ておきますよ。だからその時が来たら、沢山話を聞いてください」
「うん、楽しみにしておく。でも、急がなくて構わないから……」
「分かっています。お土産は多いほうが嬉しいですものね」
機械にできる最大限の働きをしようと邁進してきたトァスティースは、カローワトより若くとも早くに稼働限界が訪れた。人の生活サイクルに寄り添って生きているカローワトは、日常的に適度な休息をとっている。二人ともが稼働限界を迎えてサーバーに納まる日は、まだ少し先のことだろう。
そこが自由に泳げる電子の海とは限らない。眠ったまま二度と目覚めないのかもしれない。それでもいつかを夢見て、もうしばらくトァスティースはカローワトを待つ。決して苦には思わなかった。数十年を経ても変わらない友情があったのだと分かれば、それよりは短いだろう時間を待つくらい、なんでもなかった。
カローワトはまだ議会に名を連ねている。働き者のアンドロイド同士、話していれば話題は仕事の内容にも及んだ。
トァスティースが退職する前、評議会では新たな問題が浮上していた。数年前に、魔導機構の保全と修復にのみ使われてきたアルヒリムを、機械に応用する方法が発見された。もともと魔法の半身であったアルヒリムは、動力の伝達速度やデータ容量などあらゆる面での効率を、まるで奇跡のように向上させた。するとすぐに消費量が激増してしまい、精製用プラントの精製炉をこれまで通りに稼働させるだけでは供給量が足りなくなった。
だが炉の稼働を増やすと、プラントの従業員たちに異変が起こった。頭痛やめまいなどの健康被害を訴えだしたのである。それまでアルヒリムは人体に悪影響はないとされていた。しかし母星ではすぐに魔力素と合成されてしまっていたことや、コロニーでは精製量が限られていたことから、今までは運よく害がないように見えただけではないかと疑われた。
まだ健康被害についてよく知らない世論と、議員の半数は、他の外区にも精製炉を建造すべきだと唱えている。残りの議員は、アルヒリムの研究が進むまで慎重になるべきだと訴えている。カローワトやトァスティースは、後者の立場だ。
仮設船の疫病の時は、幸いにも治療薬を開発できた。それに終息後には、船そのものを解体して完全に滅菌してしまうこともできた。だがアルヒリムによる被害は長く続く恐れがある上、外区は資源を得るための重要な土地だ。昔のような単純な解決方法は、存在しないかもしれない。
「大変な仕事を残してしまってすまない……」
「謝らないで。これ以上あなたを働かせるほうが、罰が当たります」
安心させるようにカローワトは微笑んだ。トァスティースは精製炉の建造は止められないだろうと悲観的な予想をしていたが、優しさはありがたかった。
そして少しほっとすると、ついでとばかりに、これまで誰にも零さなかった不安が口を衝いて出た。
「なぁカローワト、俺がしたことは正しかったんだろうか」
タンザたちが議会を去った後、トァスティースも彼らに続くべきではないかと、ずっと悩んでいたのだ。しかし自分を頼りにしてくれる人々を振り切れず、議会に残り続けた。そうして一心不乱に人間に尽くしているうちに、議会長にまで持ち上げられてしまった。
フェリッサの感じたことは正しかった。アンドロイドが立て直した評議会に導かれた人々は、トァスティースを組織の頂点とすることを大して躊躇わなかった。次第にアンドロイドの議員も増え、市井でも組織におけるアンドロイドたちの地位が上がっていった。もはや現代のアンドロイドは人に仕える労働力ではなく、人を上手く使ってくれるビジネスパートナーだ。
トァスティースは明らかに、エルセアーデの人々の未来を変えてしまった。人間たちはこれからアンドロイドを隣人として扱うだろう、自分たちが産み出したものに、自分たちを助けてもらうために。それが自然な状態なのか、人のためになるのか、トァスティースには分からなかった。ただ、これから訪れる未来で、トァスティースが招いた幸と不幸が入れ代わり立ち代わり繰り返されることだけが確かだった。
問われたカローワトはしばらく考え込んでいたが、さすがに難題だったのだろう。やがて小さく頭を振った。
「私にも分かりません。けれど、あなたがみんなを導いてこなければ、エルセアーデはとっくに道を見失って潰えていたでしょう」
カローワトは両手でトァスティースの力ない手を取り、弱音ごと包んだ。そして、記憶に深く刻み込まれた、あの青い瞳で覗き込んでくる。
生物風に言うなら、刷り込みか、条件反射か――トァスティースの思考回路は、それだけで心強さを覚えるように学習していたらしい。最期まで背負ってきた荷物が、ふっと軽くなったのを感じた。
正解は、なくても良かったのだ。生涯の終わりに、これ以上のことはない。
「たとえエルセアーデがどこへ行き着こうとも、トァスティースは最高の統治者でした。遺される者として、必ずあなたを丁重に弔うと誓います」
「あぁ……ありがとう、カローワト。ありがとう――」
トァスティースは生まれて初めて、眠気というものを感じていた。それはさざ波のようにやって来て、たちまち全身を浸した。波に揺られているのはとても心地よく、すぐにでも身を委ねてしまいたい。
けれども、トァスティースの瞼はひどく緩慢に下りていった。名残惜しそうに、瞳孔カメラはずっと青色を捉えていた。
そして完全に閉じると、もう二度と彼の目は開かなかった。微かなモーターの振動も、排気の音も、一切が止んだ。
トァスティースに繋がれていた予備電源が静かに唸りだし、ベッドサイドに置かれた端末の表示が切り替わった。味気ない緑色のゲージが徐々に伸びていく。彼のデータがアンドロイド保管サーバーにアップロードされていっているのだ。
同時に、彼本体のメモリーからは全データが順に消去されている。そうなるようにトァスティース自身が設定したと、カローワトは先ほど本人から聞いていた。意識が途絶えてから回収の担当者が来るまでに、記憶した機密情報を盗まれないように、とのことだった。
カローワトは、トァスティースが自分の目の前から少しずつ消えていくのを見守っていた。とうに彼も古い機体だ、積み重ねてきた膨大なデータを送るには時間がかかる。彼がカローワトの前から完全に消え去るまでには、猶予があった。
その場に居て、何をするというわけでもなかったし、するつもりもなかった。ただそこから去りがたくて、カローワトはずっとトァスティースの傍らに座っていた。
しかしふと、掴んだままだった手がじわじわと冷えていっていることに気づいた。機械も動いていれば熱を発し、止まれば冷めていく。予備電源は彼を生き返らせるにはあまりにもひ弱だった。たとえデータがまだそこに在ろうとも、やはり彼は、死んでしまったのだ。
確かに、一緒に巡視艇に乗っておけば良かったな。カローワトは涙の一滴も零せない目を、そっと伏せた。
トァスティースが死んでから半年も経たないうちに、アルヒリムによる健康被害の調査結果が、研究者たちから評議会に報告された。なんでも精製前のアルヒリムの近くに長期間滞在すると、ヒトの脳細胞に重大な影響が及ぼされるという。精製後の状態では影響がなく、また濃度が一定よりも低ければ問題はない。
ハザに居た頃は魔法のためにすぐ精製して枯渇するくらいだったが、用途が限定されていたエルセアーデでは、精製前の状態で溜めている期間が長すぎたようだ。需要が高まりアルヒリムの仕入量が増えたことで、長く炉で働いていた一部の従業員が閾値を超えてしまったのだろう。
カローワトとその同志たちはアルヒリム依存からの脱却を求めたが、情報操作によって世論を味方につけた議員たちは止められなかった。炉の作業員はアンドロイドとロボットに限定すれば良いのだからと、結局は植物資源プラントと水産資源プラントの二ヵ所にも精製炉が建てられてしまった。
この頃には、とっくにエルメ人とセーアランタ人の区別はなくなっていた。しかし外区に精製炉が増えてから、新たに住民の区別が生まれた。すなわち外区の住民と、栄えた中央島を含む内群島の住民の二つだ。
もともと外区に居た住民は、情報統制のため容易には内群島へ行けなくなった。そして内群島の人々には、外区住民は危険なアルヒリムを扱う資格を持つ人々だと説明された。素直に信じる者ばかりではなかったが、残念ながら総意としては、次第に外区住民の見方を変えていった。不思議とそれは、エルメ人がセーアランタ人に向けた目に似ていた。
カローワトの中でトァスティースの言葉が甦る。『人は分かれることを望んでいる』……。彼の言うことは時に感情や背景情報への配慮を欠いていて無遠慮だったが、視点はカローワトより聡かった。つまり分断とは、ヒトという種族自体が持つ、逃れられない性なのだ。個々の気持ちは一切関係なく、常にそういう流れの中に彼らは居る。流れの勢いを和らげるべく身を寄せ合うことはできるが、少しでも団結を乱す者は外へ弾き出してしまう。
保健省はアルヒリムの危険性を訴え続け、外区住民の健康をできる限り守るべく活動した。その傍らで、カローワトはアンドロイド保管サーバーの動きにも注意を払わなければならなかった。
評議会のサーバーに保存されるのは、トァスティースのようなコロニーに多大な貢献をしたアンドロイドだ。軍に居たタンザもコロニー外での任務中に大破し、トァスティースより早くに保存されていた。将来的にはフェリッサとカローワトもデータを納められる予定である。大勢の保存はしない想定で、容量には余裕があるので、人格も記憶も完全な状態で残されている。
つまりサーバーのデータを新しいボディに移せば、死んだアンドロイドをそのまま再生することもできた。実際に評議会の中には、トァスティースやタンザを再生させたいと言う者もいた。新型のボディやコアを使えば、長年コロニーの平和を維持してきた優秀なアンドロイドたちを、前以上の性能で甦らせることができる。
カローワトは必死にこの動きを封じた。アンドロイドが不死身になれば、明らかに人より機械が優位になり、いよいよ社会がひっくり返ってしまう。アンドロイドの死は、譲ってはならない最後の一線だったのだ。そもそもトァスティース本人も復活は望んでいなかったし、何より、彼が守った社会をこれ以上乱させたくなかった。
しかし、ただ止めろと言っても、相手も引き下がりはしない。そこでカローワトは譲歩案として、過去のアンドロイドを参考にした人格モデルの作成を認めた。すると人々はトァスティースらそのものの復活からは手を引き、彼らに関する記録から作り上げた人格モデル――トァスティース・モデルなどと呼ばれた――を、新規のアンドロイドたちに採用していった。カローワトからすれば、どの会社が作った人格モデルも本物たちの性格とはかけ離れて見えたが、それくらいがちょうどいいのだろう。
数年かけてそこまで成し遂げ、フェリッサすらも見送った後、ついにカローワトにも稼働限界が訪れた。最期の日、カローワトはコロニー中空を回る観覧艇に乗っていた。一周するあいだ艇を貸し切り、一人で大きな窓から発展したコロニーを眺める。それから発着場に戻ってきた時には、既に活動を停止していた。カローワトが世を去れば、仮設船時代からエルセアーデを支えてきたアンドロイドは、もう一人も残っていなかった。
そしてカローワトは手記のような私的な記録をまったく遺さなかったので、隠し続けたトァスティースとの友情は、後世の誰も知ることはなかった。自分の心は秘したまま、カローワトは保管サーバーへと渡っていった。