【6】

 

  カローワトの死からおよそ八十年が経った今、すべてのアンドロイドの人格は、人格生成AI「ルーセント」が生み出している。

 社会に貢献し続けてきたアンドロイドたちは、一つの種として法的な権利を得るまでになっていた。人間とは生態が異なる以上、人権と同じ内容ではないものの、不当な処分や暴行は禁じられ、働きには対価を支払うように定められた。

 しかしその過程で、彼らの人格を生成する方法が問題になった。人格とは、心や魂とも言い換えられるものだ。人間の意のままに生み出し、操れるようでは、まだ彼らは道具としか呼べない。

 人間たちはアンドロイドを道具に留めず、社会で共存共栄していく隣人にする道を選んだ。このエルセアーデはアンドロイドに導かれてきた世界であり、実態としても、既にアンドロイドをただの道具扱いする者は少数派だったからだ。だから人間は、彼らの人格生成アルゴリズムをブラックボックスに隠すことにした。そのために作られたのがルーセントであった。

 ルーセントは人間が入力したアンドロイドの用途に合わせ、自動で役割に適した人格を生成し、コアに搭載する。詳しい生成過程や数値を人間が把握することはできず、アンドロイドたちは各々の個性を持って生まれてくる。

 とはいえ生成を依頼した人間は、そのアンドロイドがどのような性格傾向を持っているのかは、ルーセントが出力するレポートから大まかに知ることができた。そして組織のリーダー格となる予定の機体には、ルーセントが作成したトァスティース・モデルがよく使用されていた。表面上の性格は個体ごとに差異があったが、彼らはいずれも各々の場所で先導者として活躍した。

 

 

 

 元は国営だったアンドロイド研究所の最新機体、ディーフェリアにも、トァスティース・モデルが採用されている。ボディは無性型で、少年のような少女のような外見をしている。肩の下まである髪は青みがかった透明な繊維で、瞳は澄んだ水色だ。研究所の人々からは「ディー」という愛称で親しまれている。

 アンドロイドは大抵、製造者によって一般常識をインプットされた状態で起動――誕生する。しかしディーは研究所の方針で、いくらかの知識を欠いたまま生まれた。そして人間の子供のように、人から勉強を教わっていた。教えてくれているのは、ディーのボディをデザインした女性だ。半年前に生まれてからというもの、ディーは彼女を母親のように慕っている。

 二人はよく、研究所内の会議室で授業を行う。本日の内容は、コロニーの出発から現代までの歴史だった。概要だけではあったが、ディーは仮設船から浮島への移行期を支えたトァスティースらのことと、自分にもトァスティース・モデルが採用されていることを知った。

 

「……とは言っても、実感ないな。僕はトァスティースみたいな情報処理に適した機体でもないし、政治だってできる気がしないよ」

 

 ディーは勉強用タブレットの画面をスクロールし、今日使ったテキストをざっと振り返る。実は授業に臨む前から、ディーもトァスティースの名前くらいは知っていた。エルセアーデ史上では、彼は一番有名なアンドロイドなのだ。人格モデルが採用されているだけとはいえ、その名は背負うには少々重い。

 ディーが気後れしているのを察してか、デザイナーは優しい声音で言った。

 

「生まれた時の性格に近い傾向があるってだけだから、気にしなくていいんだよ。生きれば生きただけ違いが出てくるものだし、ディーはディーにできることをしていけば」

「でも、人格モデルが使われているアンドロイドは、みんな大なり小なり期待された役割をまっとうできているんだろう?」

「まぁ、それだけの能力が与えられているからね。その点はディーだって同じだよ」

「それは分かっているけどさ……」

 

 苦笑しながら、デザイナーは机に広げていた資料をまとめた。今日の勉強はこれで終わりのようだ。ディーもタブレットの電源を落とす。

 勉強の締めくくりに、デザイナーはよくディーに質問を投げかける。それは復習のためというよりも、内容に対する感想や見解を聞きたくてしている習慣のようだ。今日は、「何故カローワトはトァスティースを再生させなかったか?」だった。ディーは訝しげに眉をひそめた。それならアンドロイドを不死身にさせないためだと教わったばかりだが。

 

「理屈的にはそうだよ。じゃあ、どうしてカローワトはトァスティースの時になって、保管サーバーのデータを再利用するなって言いだしたの? サーバーの使用が始まったのは彼の死よりも前だし、その時にはタンザは既に保存されていたよ」

「それは――」

 

 ディーは言い淀んだ。一瞬思い浮かんだ答えは、『カローワトはトァスティースを特別気に入っていて、静かに休ませてやりたかったんでしょ』――といった内容だったが、公言してしまうのが何故か躊躇われた。自分はトァスティースその人ではないのに、自惚れのようでどこか気恥ずかしい。

 ディーは誤魔化すように窓に目を向けた。今日のエルセアーデは晴天で、空には見慣れた青色が広がっている。ハザの青空とは少し色味が違うと聞いたことがあるが、実際のところは分からない。ディーは、半年前にエルセアーデで生まれたばかりのアンドロイドだからだ。

 

「……そうだよ、僕はトァスティースでもカローワトでもないから、分からないよ。再利用の声がひときわ強まったのが、たまたまトァスティースが死んだタイミングだったんだろうさ。タンザよりも彼のほうが、世間から見た活躍も分かりやすいしね」

「確かに、そんなところだろうけど……正解でなくても、ディーなりに感じたことがあるなら言っていいんだよ?」

「それなら『分からない』って言ったよ!」

 

 タブレットを脇に抱え、ディーはそそくさと席を立つ。その様子を見てデザイナーは、また苦笑いを零した。

 

 

(了)