Manalta Lia おまけ


※ゲームのエンディングの後日談に当たる短編です。ネタバレしかありません。

 未クリアの方はご注意ください。


『二ヵ月後、年末祭にて』

 

カンザ山脈に近いにも関わらずルゼンヒルは冬になっても雪があまり積もらない。そもそも降雪自体が珍しい。だから今年の年末祭も、まさか雪が降るなどと思わずに仕度をして家を出た。

ルゼンヒルの年末祭は文字通り一年の終わり、つまり水臥の月四十六日※1に行われる。町の広場では温かいハーブティーが振舞われ、見頃の花をその年の当番になった若者達が配り歩く。例年は丁度冬に咲く適当な花を配るのだけれど、今年は“あの時”以来常に咲いているリンカネリアの花を配ることになった。

 

「ミント、こっちこっち!」

広場の人混みの向こうからリリアの呼ぶ声が聞こえた。少し(大分頑張って)背伸びをして姿を探すと、どうやら一番混雑している地帯を抜けた所に皆で集まっているようだ。花籠を押し潰されないよう頭上に持ち上げ人の間を縫って、なんとか見知った顔の近くまで辿り着いた。

「来た来た。お疲れミント。お仕事は……まだかかりそうだね?」

頭上から降ろした花籠を一瞥してリリアが言う。そう、今年は祭り当番に当たってしまった。お蔭で私はこの寒い中、あちこちにリンカネリアを配って回る羽目になっていた。

「今までは人の少ない所を通ってきたから。あなた達もう受け取った?受け取ってても押し付けるから貰って」

籠から出した花を一輪ずつ皆に渡していく。リリア、キリ、それから二ヵ月ぶりに顔を見たクルトに。

「まだ貰ってなかったんだ。ありがとね」

「さんきゅ。お茶、ポットで貰っといたから終わったら来いよ」

「えっと、ありがとう。あと、久しぶり。その服似合ってるね」

またこいつは恥ずかしげもなくそういう事を言ってのける……。

「ありがと。祭りの花形くらいは昔ながらの民族衣装を着なさいって町長のお達しなの」

「キリも去年ちゃんとしたの着たよね」

「リリアはもう何年も着てないよな。運のいい奴め」

「くじ引きのハズレ扱い……?それはそうと、この花はどうすればいいの?」

クルトは受け取った花をくるくると回して不思議そうに尋ねた。

「お茶に入れるのよ。少しすると花の薬効が溶け出てくるから、そうしたら飲むの」

「ああ、なるほ――」

「嘘だぞ」

「嘘だよ、クルト君!」

「え、えぇっ!?」

「嘘じゃないわよ!!」

「どっちなの!!」

 

私が嘘をつくはずがないのだけれど、その後クルトに本当の事を信じさせるのは骨が折れた。結局はノリで場を混乱に陥れたキリとリリアが花入りのハーブティーを飲んでみせて事は収まったのだった。

「あっつ……っ。あ、さっきより甘い!」

「そうなの?……そういえば、私達もリンカネリアを入れるのは初めてね」

「そうだね、今まではお祭りで使える程咲いてなかったし」

「あれから二ヵ月経っても咲き続けるとは思わなかったよな」

「そうね、あれから……」

すっと胸が冷えたような気がした。冬の空気のせいにして、感情を押し流す。

「……そうだ、クルトももう聞いた?ルゼンヒルに歴史史料館を造ることになったのよ」

「えっと、史料館ってどういう……?」

「そりゃあ、空の船の歴史に関する史料館よ。ここの近くに船が墜ちたでしょ。その後に海から引上げた物とか、あと家で所蔵してた物の中でも価値のある遺物はそっちで保管することになったの」

「そっか、エンデさんの遺品とか?」

「そうそう、そういうのよ」

ヒーズワース家も無関係ではないだけあって、史料館建設の話は一般への公表よりも早くに聞かされていた。

「ミントね、史料提供とか編纂のお手伝いとか全部お父さんから丸投げされてるんだよ」

「あ、アンリさんは相変わらずだね……」

「キリがこっちに籍を入れてたら私が押し付けられなくて済んだのに」

「残念だったな。頑張れ」

「むむむ!」

他人事だと思っているなこいつ!

私は口で言うより鋭い目つきで睨みつけてやった。その横で、リリアがぼそっと呟く。

「でも、少し慌ただしいくらいの方がいいかもね」

リリアの言わんとしている事は分かっていた。けれども聞こえなかった振りをして、それにしても寒いわね、とだけ零す。しかし誰かの声が後に続くことは無く、一瞬で世界がしんと静まり帰った。

誰も口を開かない、開けない空気が辺りに立ち込める。

気まずさから仕事に戻ろうかと考えた、その時だった。

 

「あ、雪!」

近くの子どもが弾んだ声で言った。周りの人々もつられて一人、また一人と空を見上げていく。私達も誰からともなく降りてくる雪を探し始める。

「本当だ。雪、降ってきたみたい」

 最初に姿を捉えたのはクルトだった。程なくして舞う雪が増え、全員がひらひらと動き回る雪を目で追いだした。

「珍しいな。今冬初か」

「綺麗だね」

しばらく揃って雪を眺める。さっきまでの張りつめた静寂とは違う、穏やかな静けさだった。

どれくらいそうしていただろう。はぁっ、という白い息と一緒に、リリアが言葉を吐き出し始める。

「前に五人で雪山に行った時の事、思い出すね」

皆がふっとリリアの方を見て、けれどもすぐ雲の多い空に、或いは手元のカップの中で揺れる青い花に視線を移す。

「遺跡の中は暖かかったけど、山は寒かったよね……。皆薄着だったし」

「でも、あいつ一番寒そうな恰好だったのに、よく風邪ひかなかったよな」

目線はバラバラなのに、全員が同じものを見ようとしているのが手に取るように分かった。もうどこにもいない人。私も何か言おうとして、何も言えずに籠の中の花を見下ろした。

「リンカネリアを見ると、」

はっとして、顔を上げる。リリアと目が合った。私の様子を見ていたらしい。

「思い出すよね。他の人にとっては珍しいけど、それだけの花。でも私達にとってはもっと特別な花だもん。……今日の雪も、そんな気がしたんだ」

「どういうこと?」

「雪の降る日なんて珍しいのに、二ヵ月ぶりに皆が揃った日に、思い出の花を見ていたら降ってきて。思わず顔を思い浮かべて……。一瞬、本当に一瞬だけどね、そこまで来てくれたような気がしたの」

「……そう」

「うん。……馬鹿みたいだけど。この雪は私達にとって、特別なんだと思ったんだよ」

 リリアはもう何も言うつもりはないとばかりに、カップを口に付けてちびちびとハーブティーを飲み始めた。

 誰一人異を唱えようとはせずに、思い思いの風景を黙って見つめていた。

 

 その後、私は皆に一時の別れを告げて花を配りに戻った。広場に来る前よりも重くなった足を引き摺り、すれ違う人に手当たり次第に花を押し付け、籠が随分軽くなった頃にいよいよ糸が切れて目に付いたベンチに座り込んだ。

 座ったまま長い息を吐き出す。正面を見ると、奇しくも先程話をしていた歴史史料館を建てる予定の空き地が広がっていた。あんたはいいわよね、穴が開いていたら埋めて、その上になんでも建てればいいんだもの。母なる大地に心の中で悪態をつく。いいのよ、ルゼンヒル人が信じているのは風の神様よ、罰なんて当たらないわよ。

 そんなくだらない事を考えているのにも飽きてぼんやりしている内に、私はこの二ヵ月間の事を思い返し始めていた。

 

 あれから二ヵ月の間、すぐに勉学や仕事に打ち込みだしたキリやクルトと違い、私にはあの時の事を考える時間が十二分にあった。最初は後悔ばかりしていたが、次第にいくらかは客観的になっていった。

 思えば、あの時の私達は敵味方関係なく、歯車が噛み合い過ぎたのだ。私達の父を連れ帰るという目的、イスカのレティを自由にしたいという決意、ラキアと――そしてレティの、死にたいという願い。その全てが、一切の滞りも未完了もなく叶ってしまった。その考えに至った時には、私は責任を押し付けるようにエンデを呪っていた。彼が遺してくれた「全て上手くいくおまじない」は確かに効いていて、お蔭で私の心には未だにぽっかりと穴が開いているのだと。

 

 これから見る影も無くなっていくであろう空き地に目をやる。この空き地と違って、私の心の穴が埋まる事は無いのだろう。この先どれだけの楽しい思い出が増えても、最期に幸せだったと言える人生を送ったとしても、ヒト一人分の穴は存在し続けるのだと思う。だから皆、穴から目を逸らすなり、周りを飾り立てて見えなくしてしまうしかないのだ。本当は、穴を埋めてくれる魔法が欲しいのに。

 ふと、特別な雪の話を思い出す。そんなものはない。この雪はカンザ山脈の上空から風で偶々運ばれてきただけだ。ルゼンヒルに降る雪は大体そう。だがリリアもそんなことはとっくに知っている。それでも今日の雪は彼女にほんの少しだけ魔法をかけてくれたのだ。

 私はどうだろう。ベンチに座ったまま、止まない雪を眺める。夢を見ては理性がそれを打ち砕く性分だ。多分もう、簡単には魔法にかからないだろうと思う。それでももし叶うならばと、祈るような気持ちで真白い雪を見つめていた。

 

しばらくして、身体がすっかり凍えているのに気付く。傍らに置いた花籠の中身は既に自分用の一輪だけになっていた。もうそんなに配っていたのか。

膝に乗っていた雪を払い、花籠を掴んで立ち上がる。いつまでもこうしていたら風邪をひいてしまいそうだ。

もう何も残っていないはずのベンチに後ろ髪を引かれながら、皆の待つ広場に向けて来た道を戻っていく。

 

そういえばまだハーブティーを飲んでいない。花を入れると甘くなるというお茶。ポットの中身は残っているだろうか。すっかり冷めているかもしれない。そうしたら淹れたてを貰いに行こう。普段なら淹れたばかりは熱過ぎて嫌だけれど、胸の奥まで冷え切った今ならそれくらいがいいかもしれない。

楽しみが出来て、広場へと向かう足取りが少しだけ軽くなる。

心に穴が開いたままでも、きっとハーブティーは温かい。

 

(了)

 



※1 フォストァリ王国の暦

風王の星(Jst) 25日 4年に一度① 

風蓋の月(Jal) 45日 1/1~2/14相当

風臥の月(Jdn) 46日 2/15~3/31相当

地王の星(Yst) 25日 4年に一度② 

地蓋の月(Yal) 46日 4/1~5/16相当

地臥の月(Ydn) 46日 5/17~7/1相当

火王の星(Fst) 25日 4年に一度③ 

火蓋の月(Fal) 46日 7/2~8/16相当

火臥の月(Fdn) 46日 8/17~10/1相当

水王の星(Rst) 25日 4年に一度④

水蓋の月(Ral) 45日 10/2~11/15相当

水臥の月(Rdn) 46日 11/16~12/31相当

(各月の名称は古くから信仰されている四神にちなんで定められた。)

・「王の星」

 四年に一度、風→地→火→水→風…の順で巡ってくる特殊な月。

 王の星の期間中は、大陸全土の上空にそれぞれの属性に応じたオーロラが観測できることがある。現代のフォストァリでの主な見解は、王の星期間は該当するマナが増加し特段活発になる期間の為、オーロラような反応光が見えるとされている。王の星の間に生まれた人は、該当する月が無い年は翌月初日(蓋の月1日)を誕生日とする。

・気候

風の季節…春に相当。寒さが残るが徐々に暖かくなる。風が強い。

地の季節…夏に相当。温かく過ごしやすいが中頃を過ぎると急激に暑くなる。

火の季節…秋に相当。暑さが徐々に和らいでいく。終わり頃には肌寒くなる。

水の季節…冬に相当。通して厳しい寒さが続く。